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「幻想郷言葉辞典」

著者 上白沢慧音
製作協力 稗田阿求






『ゆとり教育』
情操教育を主とするために始められたとかなんとか。とりあえず話題に出たら叩いておけば問題ない。

『にとり教育』
光学迷彩が自作できるようになるまでの超エリート教育。
コミュニケーション能力は眼中外なので初対面の人に挨拶もせずに逃げ出すような子に育ちます。



『名は体を表す』
名前はその者の実態をよく表すものだということ。

『名はてゐを表す』
「ウサギ」という言葉の中には「詐欺」という言葉が含まれている。
てゐが詐欺師であることはその種族名が既に表しているということ。



『仏作って魂入れず』
骨折って成し遂げながら肝心な点を欠いていることのたとえ。「仏作って眼入れず」とも。

『人形作れど魂入らず』
アリスがいくら人形を作ってところで、メディスンのような完全自立人形は作れないということ。
転じて、世界の神秘は未だ生き物の知恵には及びもつかぬほど遠大であるということ。



『一姫二太郎』
子を持つには、最初は育てやすい女の子で、次は男の子がよいという言い伝え。

『一姫二師匠』
実力において永琳は輝夜よりも優れているが、永遠亭内での序列は最高位が輝夜であり、永琳はその下についているということ。
本当に実力のあるものが常に頂点に立っているわけではないということ。



『三度目の正直』
占いや勝負で、一度や二度は当てにならないが、三度目は確実であるということ。
転じて、物事は三度目には期待どおりの結果になるということ。

『三度目の自機』
スペカ攻略で、ボムを使い切る覚悟で臨めばたとえ苦手なEXボス耐久だとしても3機目には攻略できる頃だろうということ。
転じて、STGはクリアに向けてのペース配分も大切であるということ。



『飛んで火に入る夏の虫』
明るさにつられて飛んで来た夏の虫が、火で焼け死ぬ意から、自分から進んで災いの中に飛び込むことのたとえ。

『飛んで蹴り入る夏の虫』
永夜抄1面ではアイテム回収に気をとられすぎると危険だ、ということ。
「飛んで蹴り入る秋の神」ともあり、風神録でも同じことが言える。



『門前払い』
来訪者に面会せずに、帰らせること。「―を食う」

『門番払い』
紅魔館の門番は、その激務の割に給料の食事は質素なものであるということ。
侵入者を通してばかりのお仕置きだという説もある。「―じゃ食べていけない」



『盗人にも三分の理』
泥棒が盗みをするのにも、それなりの言い分がある。どんなことにでも、もっともらしい理屈はつけられるということ。

『盗人には三分の利』
常に気を配らなければならない防衛側に対して、盗人側は相手の隙を窺い行動することができる。
的確なタイミングで侵入することができれば防衛側に対して三分程度の優位を作ることができ、
それだけの時間があれば例え万全の構えを敷いた紅魔館の図書館であっても盗みを成功させるのはたやすいということ。



『年中無休』
1年間365日定休日も盆も正月もなく営業しているということ。開いててよかった。

『年中むきゅー』
『盗人には三分の利』にあるように、いかに用意をしても防衛側は盗人に対して不利である。泣き寝入りするしかないという状態。
盗まれた者はせいぜい「もってかないでー」と言ってみるくらいしかできないが、結局は無駄である。



『子供の喧嘩に親が出る』
子供同士の喧嘩に親が介入するのは過保護だし、何よりみっともないと戒める言葉。

『式の喧嘩に主が出る』
別に誰とは言わないが、式の喧嘩に対して主が介入するのはあまり見られたものではないということ。
『主なくても式は育つ』とも言うし、もう少し見守ってやったらどうなのだろうか。別に誰とは言わないが。



『来年のことを言えば鬼が笑う』
未知な事をいくら述べても意味がないと言うこと。鬼は人の寿命を知っているという説など、その起源には諸説ある。

『明日のことを言えば鬼が笑う』
鬼は大抵今夜の宴会のことしか考えていないので、それ以上先のことを聞いても笑うばかりで話にならないということ。
鬼に真面目な相談をしようと思ったところで無駄である。



『人の噂も七十五日』
世間の噂は一時のことで、しばらくすれば忘れられるものであるということ。

『天狗の噂も二十四時間』
天狗は毎日号外を出しているので、新聞に何が書いてあっても翌日には忘れ去られてしまうということ。



『花に嵐』
物事には、とかく邪魔が入りやすいというたとえ。
『月に叢雲花に風』とも言われる。

『花の嵐』
向日葵畑に住む妖怪は何があっても怒らせてはいけない。
『月に境界花に風』とは幻想郷の中で逆らってはいけない危険な存在達を表した言葉である。



『雀百まで踊り忘れず』
幼い時に身についた習慣は、年をとってからも直らないということ。雀は死ぬまで飛び跳ねる癖が抜けないことから転じたことわざ。
『三つ子の魂百まで』も同じ意味のことわざ。

『夜雀百まで歌を忘れず』
歌うことが習慣の夜雀は、たとえ閻魔様に怒られようとも歌うことをやめられないということ。
『三姉妹の騒霊百まで』もほぼ同じ意味のことわざ。



『鴨が葱を背負ってくる』
鴨と葱があれば鴨鍋がすぐに出来上がることから。好都合であること。願ってもないことのたとえ。

『妖精が向日葵を抱えてくる』
向日葵持ちの妖精を消せば小粒弾を消せることから。好都合であること。願ってもないことのたとえ。



『情けは人の為ならず』
人に情けをかければ、その相手のためになるだけでなく、巡り巡ってやがては自分によい報いとなって返ってくるということ。
よく「情けをかけるのはその人のためにならない」との意味で用いられるが、それは誤用である。

『情けは妖怪の為ならず』
情けをかけるのは妖怪のためにもならないし、それでは異変を解決することもできないのだという博麗の巫女の信念を表した言葉。
よく「博麗の巫女は血も涙もない奴だ」との意味で用いられるが、それは誤用である。多分。



『大根を正宗で斬る』
才能のある者に、くだらない仕事をさせることのたとえ。また、大したことでもないのに、大袈裟なことをするたとえ。

『木の枝を楼観剣で斬る』
使い慣れた得物のほうが目的に合わせて道具を変えるよりも効率が良いということ。一見大げさな達人の技を褒める言葉。
『大根を楼観剣で斬る』ともいい、大したことでもないのに大げさなことをするという意味でも使われるが、
庭師に怒られるのであまり使わないほうが無難である。



『孝行のしたい時分に親は無し』
親孝行をしようと思う時には、すでに親は亡くなっていて孝行できないということ。
若い者に親孝行を勧めるときに用いられる言葉。

『入用の呼びたき時分にメイドあり』
何か用事があってメイドを呼ぼうとした時には既にメイドが傍に控えているということ。
人に仕えるものはそれなりの心遣いができるか、時を止めるかできるのが理想であるという言葉。



『風が吹けば桶屋が儲かる』
風が吹く→塵が人の目に入る→失明する→三味線をやって生計を立てる人が出てくる→猫が減る。不思議
→ネズミが増える→増えたネズミが桶をかじる→桶を買い替える→桶屋が儲かる
意外なところに影響が出ること。また、あての無いことを期待することのたとえにも用いられる。

『風が吹けば守矢が儲かる』
風が吹く→えらい勢いで吹き荒れる→暴風のせいでえらいことになる→これは風の神様の御怒りに違いない
→風の神様と言えば守矢神社→怒りを鎮めるために皆が信仰する→守矢が儲かる
被害が出てるのに信仰してもらって儲かるのだから神様と言うのもなかなかやくざな商売だということ。








あとがき


始めから最後まで思いつきの産物。
思いつきの割にネタが尽き始めて苦しんだのは私とあなたの秘密。