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心の穴を埋めるものは

 

「幽々子様。ご飯のおかわりはいかがですか?」
「もわわり(おかわり)」
「いえ、口に食べ物が入っているときには返事をなさらなくとも結構です」
妖夢が呆れた、といった様子で溜息をつく。
妖夢ってば私の従者であるのに最近だんだんと遠慮というか尊敬の念がなくなってきたように思える。
妖夢は茶碗を受け取ってご飯をよそう。殊更に山盛りに盛り付けているのは当てつけか何かだろうか。
「これで7杯目です。最後の一杯、ということになりますから」
「まだ残ってるじゃないの」
「これは私の分です」
ケチ―、と私が文句を言ってみても、知りません、と妖夢はそっぽを向いてしまう。
やっぱり最近かわいくない。昔はこう言うと慌てて私に譲ってくれたのに。
まあ、譲られたその日に妖夢が空腹で倒れてしまったこともあり、実際に譲られても困っただろうけれど。
「でも、たった7杯じゃ足りないわよ。せめてもう3杯」
「私はその1杯にも満たない量で我慢しているのですけど」
「妖夢はまだお子様だもの」
「この物量差はそんなレベルでは説明できないと思います」
妖夢はまだ何か言いたそうな雰囲気だったので、私は手近な漬物を一気にかきこんだ。
卵焼きと焼き魚も一気に口の中に入れてしまう。どうだ。これで妖夢には手だしできまい。
なんと完璧な行動。妖夢も驚いた、といった顔で私のことを見ていて……
「……骨がのどに刺さった」
「絶対にそうなるだろうと思っていました。確信していたといっても過言ではありません」
妖夢が本当に呆れた、といった様子で深い溜息をつく。
主の危機にそのそっけない態度は許せない、と思いつつも、私は差し出されたご飯を丸のみした。
一口で茶碗の内容物の半分が消えた。今度から私のご飯は丼に入れてお願いするとしよう。


「ご飯が足りない……」
「駄目です。1食につき米びつ1つまで、と決めてありますので」
「だれよ、そんなこと決めたのは。許せないわ。主の食事量に制限を加えるなんて」
「私の師匠に当たる人ですが」
……そういえば、妖忌もしょっちゅう私に食べすぎはいけない、とか言っていたような気もする。
私の食費だけで白玉楼は深刻な経済的負担をとかどうのこうので、結局私の食事量は制限されてしまっていた。
妖夢も、そんなところまで似なくていいのに、全く面白くない。
「でも、お腹がすくのよー。7杯じゃたりないのよー。せめてあと5杯」
「そんなに食べたらうちはあっという間に破産してしまいます。今の白玉楼のエンゲル係数がどれくらいだと思っているんですか」
そういえば、うちの経済事情っていったいどうなっているんだろう。
すべて妖夢とか他の霊に任せてしまっているから、私は一切知らないのだけれど。
「第一、幽々子様、食べなくともやっていけるじゃないですか。なんでお腹がすくんですか?」
妖夢が、ぶつぶつと愚痴るように呟く。
…………え?
「……そういえば、私、なんでお腹がすくのかしら……?」
「…? 幽々子様?」
私は、自分のおなかをなでてみる。
少しも膨らんだ様子のない、いつもと同じ私のお腹。
お腹だけじゃない。腕も、足も、胸も。私の体は、記憶にある限りこの線を崩したことなどない。
いったい、この体のどこに、米びつ1杯もの量が入るというのだろうか……?
「…いいじゃない。とにかく、お腹が減った。そんな気がするものなのよ」
「はぁ………?」
妖夢は、いまいち納得がいかないといった様子で首を傾げている。
「まぁ、いいでしょう?この卵焼き、頂戴ね」
「あ、それは私の……もう、幽々子様!人の食事に手を出さないでください!」
私が卵焼きに手を伸ばせば、妖夢はまた私に怒ってみせる。
実際に私が妖夢の食事に手を出したとしても、結局妖夢は半分くらいまでなら黙認してくれるだろう。
一応、形の上だけでは私に対して不平不満を言う妖夢も、そうして私との関係に一定の線引きをしている。
だから、今は妖夢のその気遣いに甘えておこう、と思った。

妖夢が、私の言っていることを理解できないのも無理はない。
本当は、私にだって何故なのか理解しきれてはいないのだから。


「妖夢」
「何ですか? 幽々子様」
食べ終わった食器を片づけようとする妖夢を呼び止める。
「私、今日は紫のところに遊びに行ってくるわ。供は要らない」
「はい、分かりました。今からですか?」
妖夢が、少し怪訝そうな顔をする。
今、朝ごはんを食べたばかり。そのような時間に紫に会いに行くことなんて、今までになかったことだ。
私だってあの友人の個性的な生活リズムに関しては熟知しているし、妖夢もわざわざ口に出すまでもないと考えているのだろう。
何か言いたそうな顔が隠しきれてないのか、そもそも隠そうとしていないのか、見え見えだけど。
「今からよ。それじゃあ、行ってくるから」
「…? はい、行ってらっしゃいませ」
頭に疑問符を浮かべたような妖夢をおいて、私はさっさと部屋を後にした。
別に、紫に会おうと思ったことに理由なんてない。
ただ、そうするのが自然であるような気がしたから。




いつからのことか、もう記憶にない。
私は、自分の行動に意味を見出せなくなっていた。
食べる、寝る、怒る、笑う、といった行為そのものの意味が分からない。
ただ、そうしたほうが自然であるような気がするから、そうする。
私の行動の理念なんて、それだけだ。
なぜこうなってしまったのか、もう分からない。
私の日々は既に魂の記憶の繰り返しでしかない。
妖夢の言っていた通り、私は何も食べなくとも消えることなどないのだろう。
念じてみれば食べ物どころか、実体を持つ者すべて、すり抜けることができる。
私は、既に、疑いようもなく、絶対の事実として、死んでしまっているのだから。
……もしかすると、私は未だ自分の死を理解できていないのかもしれない。
魂だけがその死に気づかず、その記憶を繰り返し実行する。
ああ、この推論は正鵠を得ているかもしれない。
喪失に気がつかず、歯車がずれてしまったことに気づこうともせず。
心にぽっかりと穴があいてしまったような感覚、とでも例えようか。
内に潜む空虚に微かな違和感を感じつつも、欠落を認めようともしない心はその働きを変えようとしない。
でも、私には、この奇妙な感覚以上に恐れていることが一つ。
もしも、私の心が、自分が空っぽであることに気が付いてしまったら、
私は一体、どうなってしまうのだろう。
別に、泣き言を言いたいわけでもなく、共感してもらおうと思っているわけでもない。
ただ、何故か、あの古くからの友人に会いたいと思った。
もう、その思いが今の私のものなのか、私の記憶の惰性によるものなのかは分からないけれど。




「いらっしゃいませ、幽々子様」
「おじゃまするわね」
私を出迎えてくれたのはあの寝坊助の友人ではもちろんなく、その友人の式だった。
まだ昼前という、いつになく早い時間の訪問に驚いていたようだったが、私はそのまま客間に通された。
館はしんと静まり返っていて、私と、式と、その他に誰もいないかのようだ。
「ご足労いただいたところ申し訳ありませんが、紫様はまだお目覚めになっておりません」
「ええ、まあ、分かっていたわ」
「何か約束でもございましたか?」
「ううん。ただ、気まぐれでやってきただけ。別に今すぐ紫に言うことがあるわけじゃないわ」
とりあえず、それだけ断っておく。藍が慌てて紫を起こしたりしては、私としては申し訳ない。
紫は1日12時間は寝ないと過労で死ぬとか言ってるし、それは冗談としても藍が寝起きの紫にひどい目にあわされたりしても困る。
紫、寝覚めが悪いとおそろしく不機嫌になるから。
「私は紫の眼がさめるまで、この部屋でゆっくりと待たせてもらうわ。気遣いは無用よ」
「いえ、お茶を持ってきます……あ、昼餉も準備しますよ」
藍はバタバタと台所へ行ってしまう。紫が来るまでの話し相手にでもなってくれればいいのに。
と、そこで反対側の襖の向こうからこちらを覗いている者に気がついた。
どうやら猫に何かを付けたらしき式。紫のもとにこんな式がいたかしら?
「どうしたの? そんなところに隠れて」
「え………わ、わ」
私が声をかけると、猫式は慌てて襖の陰に隠れてしまった。
しかし、こちらに興味を持っているらしく、ちらちらとこちらの様子をうかがっている。
その姿はまさしく、猫、そのものだ。
「お茶をお持ちしました……橙?」
藍がお盆にお茶を持ってきて、猫式に気がついたらしく声をかけた。
どうやら、あの式は橙という名前であるらしい。
「橙。そんなところに隠れていないで出てきなさい。失礼だぞ」
「藍さま……ううー……」
なにやら、迷っているようだったが、藍には逆らえないのか、おとなしく出てきた。
しかし、すぐに藍の陰に隠れてしまう。人見知りが激しいのだろうか?
「何を怖がっているんだ。さあ、挨拶なさい。橙」
「だって、この間紫さまが、幽々子は猫が好物らしいから近寄ってはいけない、と……」
また紫ったら悪戯をして楽しんでいるらしい。
私が猫を食べるなんて、根も葉もない嘘をよくもまあ………

『ふう、やっぱり春はお鍋ねぇ』
『普通鍋料理は冬のものだと思うけど?』
『だって、紫ったら冬の間は起きて来ないんですもの。一緒に食べるのは春になってからしかないでしょ?』
『まあ、そうなんだけどね。この鍋は何の肉を使っているの?』
『鳥よ。数え方は1羽2羽だもの』
『ああ……まあ、いいわ。どうせ永遠亭の連中もここまでは来ないでしょうし』
『そういうこと。このお肉、柔らかくってたまらないわ』
『そういえば、幽々子は犬の肉も食べるって聞いたけど、本当?』
『ええ。このあいだ、とある妖怪さんに教わってね。赤いのがおいしいらしいけど、どうなのかしら』
『ふうん。幽々子ってば4本足の動物であれば何でも食べるのかしらね?』
『あら、いやだ。私、まだ猫とネズミは食べたことないわよ?』
『……機会があれば、食べるの?』
『そうね、ネズミはともかく、猫なんて柔らくておいしそうじゃない?』
『あらあら。うちの式には一言言っておこうかしら』
『式? どういうこと?』
『ふふふ、秘密。そのうちわかるわよ』

…………
……あれ?
なんか、ふと頭をよぎるは過去の自分の爆弾発言?
「橙はまた紫様にからかわれたのだよ。幽々子様は猫を食べたりしないよ」
「でも、幽々子様は犬を食べるって……」
「それも紫さまの冗談だろう。そんなことを言っては幽々子様に失礼だよ?」
あ、なんか実は言っちゃってましたとか言いにくい雰囲気に。
「ほら、幽々子様に謝りなさい」
「はい……幽々子様、ごめんなさい……」
「あ、いいのいいの、気にしてないわ」
真実は闇に葬り去ることにしよう。そうしよう。
どうせ紫は私以上に藍からの信用ないし。よし、完全犯罪。
「ほら、橙。初めて会う人には自己紹介だ」
「初めまして。橙と言います。藍さまの式神です」
「あら」
てっきり紫の式かと思っていたが、紫から見ると式の式であったらしい。ややこしい。
式が式を持つ、なんて聞いたことはなかったが、藍はそれなりの力を持っているようだし、別におかしくはないのかもしれない。
「初めまして。私は知っているでしょうけど西行寺幽々子よ」
私は橙の頭に手を載せ、なでてやる。
くすぐったそうに身をよじるその姿はやはり猫そのものだ。
そのかわいらしい頭を、私はしばらくの間なで続けていた。
藍の持ってきたお茶が冷めきってしまうころまで。


「今日の昼食はうどんですがよろしいでしょうか」
「別に、構わないわよ」
結局、お昼ご飯をごちそうになることになってしまった。
やはりこの身は必要もないのにお腹がすく。
……自分の身ながら、気味が悪い、と思った。
今の気分は悪く、多少の吐き気すら感じているのだが、表には出さないよう振舞う。
藍や橙に無用の心配をかけることなどないのだから。
「どうぞ、熱いですので気を付けてください」
藍がそう言ってお盆に乗ったどんぶりを差し出してきた。
ほかほかと湯気を立てる、そのうどんの上に乗っている具はもちろん……
「……揚げ玉?」
「ええ、昨日はてんぷらでしたので、そのついでに作っておいたんです」
お気に召しませんでしたか?と藍が不安そうな顔で聞いてくる。
いやいや、たぬきうどんって、そんな斬新な。誰もが予想だにしなかった展開?
ここは普通きつねうどんだろう。いや、何が普通なのかとかは知らないけど。
「ううん。大丈夫。特に好き嫌いはないから」
「そうですか、それは良かったです」
藍の脇では橙がおいしそうにうどんをすすっている。
私も一口いただいてみる。あたたかくて、コシもあり、おいしかった。
胸の内に残る釈然としない気持ちはこの際無視することにしよう。


「ん………いいニオイ……」
「お目覚めですか。紫様」
ニオイにつられたのか紫が起きてきた。
まだ覚醒しきっていない様子でふらふらと。目も開ききってはいない。
その豊かな髪の毛は寝ぐせでぼさぼさになってしまっていて、その上にくしゃくしゃになった帽子をかぶっている。
……まさか、寝る時もかぶっているのだろうか、アレ。
「こんにちは、紫。お邪魔しているわ」
「んー……? 幽々子?」
ごしごしと目をこする仕種は存外に幼く見え、彼女が結界を操る強力な妖怪であることを忘れさせる。
実際、彼女の姿を見てその力を悟る人間など無きに等しいだろう。
私自身、彼女の力がどれほどのものなのかはっきりとは分かっていない。
「藍、私の分のご飯……」
「はいはい、今持ってきますよ」
呆れたといった様子で溜息をひとつ吐いた後、藍は立ち上がって台所のほうへと向かった。
……ふと、今、今朝の妖夢のことを思い出してしまった。藍と結構似ているのかも。
紫はお腹すいた―、と威厳のかけらも感じられない声で空腹を訴えている。
「幽々子、今日はどうしたのよ。こんなに早くに」
説明するまでもないことだが一応言っておくとすでに太陽は南から西へと傾き始めている。
「ううん。特に用事はないわ。ただ、紫に会いに来ただけ」
「ふうん。そう」
紫は、ご苦労なことね、とでも言いたげに淡白な返事を返す。
ふわぁあ、と大きく口をあけて欠伸をする。元々が美女と呼べるような容姿なのに、台無しだ。
「はい、紫様。こぼさないでくださいね」
まるで幼児扱いの藍の台詞にも、紫は特に感ずるところはないらしい。
いただきます、とお辞儀をひとつして食べ始める。
「藍、私の揚げ玉が少ない気がするんだけど」
「遅れてきたからです。まだ残っていたことに感謝してほしいくらいですが」
紫がぶうぶうと藍にあれこれ文句を言ったり、藍がそれを受け流したり、私と橙がそれを笑ったり。
まあ、そのような具合で八雲邸の昼食は穏やかに過ぎて行った。



「藍、明日はきつねうどんにしましょう」
昼食を終えての紫の第一声は翌日の昼食への注文だった。気が早い。
「二日続けてうどんですか? さすがにそれはどうかと」
「じゃあ、きつねうどんでもいいわ。とにかく油揚げが食べたい気分なのよ」
「でしたら、稲荷寿司ですとか……」
「ダ・メ。私は麺類が食べたいの。麺類」
「今、麺類は切らしてしまいましたが……」
「じゃあ、買ってきてよ。人里に行ってきて」
はあ、と藍は大きく溜息をついた。本当に呆れた、といった様子。
「分かりました。買ってきます……行くよ、橙」
「はい、藍さま」
藍と橙、二人揃って部屋を後にする。
自然、部屋には私と紫とが残される。
「……行ったかしら?」
「さあ、突然わがままを言ったものね?」
「ま、いいでしょ。藍は油揚げ大好きだから、心のうちでは喜んでるわよ、きっと」
あ、やっぱり好きなのか、油揚げ。
「それに、すぐに買い物に出てくれたわけだし、やっぱりちゃんと分かってくれてるってことでしょう」
うんうん、とひとり頷く紫。流石私の式、などと言っている。
「話が見えないわよ、紫? なんで藍を買い物に出させたの?」
「ん?」
紫は、何のことかしら?と言わんばかりに首を傾げる。
大抵、紫がこの動作をとるときは心にやましいことがある時だ。
まあ、たいてい紫はいつも何かしらの企みを胸の内に隠しているので、しょっちゅうこの恰好がみられるが。
本人もそれを分かっているらしく、人をからかうときにも首をかしげて見せるようになったが。
……いや、別にからかっているわけではない?
「紫?」
「だって、話があるんでしょう、幽々子?」
どう対応したものか、一瞬考えてしまった私に、紫は見透かしたような事を言う。
いつものように、読み切れないような笑みを浮かべて。
「…………」
「そもそもが、おかしいのよ。あなたがうどんの1杯程度で満足できる訳が無いものね?様子がおかしいことなんてバレバレだわ」
「そっか、ばれちゃった、かぁ……」
「……ずいぶん、悩んでるみたいね?さ、話してごらんなさい?」
紫が、微笑みを浮かべて私を穏やかに促す。
ああ、やはり彼女にはかなわないなぁ、と私はのんきにも思った。


「ふうん……」
結局、私は大体のことを紫に話してしまっていた。
私が、物事の意味を実感できていないこと。
全てを、ただそうあるべき、という感覚によって決めてしまっていること。
私の魂が、虚ろで空しくあるということ。
いったいどのような順序で話したのか、思い出せない。
熱に浮かされたように一気に話したのか、ぽつりぽつりと小出しに語ったのかもわからない。
ただ、紫はその話の間中おとなしく、その顔色も変えずに聞いていた。
「つまり、幽々子はこう言いたいのね? 自分は死んでいるはずなのに、それを心が認めていない。それでも死んでいるのだから、その体に意味あるものなどなく、いつの間にか感覚が消えてしまった」
「まあ、そういうことになるかしら」
「そう……まいったわねぇ。ずいぶんと重症みたい……」
はあ、と紫がため息をついてこめかみに指をぐりぐりと押しあてた。
私の現状は、紫がそこまで思い悩むほどひどいものなのだろうか……?
「うん……幽々子のその状態については、ある程度なら知っている」
「本当!?」
予期せぬ答えに思わず身を乗り出してしまった。
紫はそんな私を手で、落ち着いて座るように促す。
「それで、幽々子は私に、何を教えてほしいの?」
「この状態が治るのなら、その方法を」
「無理ね」
きっぱりと言い放った。
私の願いに、ほんの僅かにも考える時間を挟むことなく。
「……どうして?」
「それが、意味のないことだからよ」
当たりまえでしょう?とでも言いたげに、言葉を区切る紫。
「ええ、私はあなたが望む答えを返すことができる。それは自信というよりはむしろ確信と言える程に」
「私が求めている答えを、返してくれないって言うの?意地悪ね」
「仕方ないでしょう?私はあなたにこれを言うことはできない。それはあなたに対するこの上ない侮辱に当たるから」
「曖昧に言って、誤魔化そうとしていない?正直に答えて」
「私はいつだって正直よ?嘘なんてつかないわ。ただ、本当のことを語らないだけ」
この問答が無意味なものである、というのは簡単に分かった。
私が押せば、紫が退く。紫は私と向き合ってくれてすらいない。独り相撲というやつだ。
「……教えてくれる気は、無いのね?」
「無いわ。どんなに頼み込まれたとしてもね」
「…………そっか」
私の体が弛緩していくのが分かる。
こう言った以上、紫は決して私に教えてはくれないだろう。
であれば、これ以上無駄な問答を続ける必要は無い訳だ。
「ごめんなさいね、紫。変なこと話しちゃって」
「いいえ。私も、力になってあげられないもの」
紫が、微笑む。
その微笑みに込められた感情が一体何なのか、私には分からなかった。


そのまましばらく他愛のないおしゃべりをして、夕刻頃に帰ることにした。
藍と橙は気を利かせたつもりなのかまだ戻ってこない。
しかし、藍にも気付かれていたとは、私はよほどわかりやすく悩んでいたらしい。
「それじゃあ、見送りはここまででいいわ」
「そう? なんだったら直接白玉楼まで送って行くけど?」
「いいわよ。夕食まで、のんびり散歩でもしながら帰るわ」
紫の見送りを断り、私は白玉楼まで帰ることにした。
のんびりと行けば、帰るころには夕食の時間になっているだろう。
やはり食欲はないままなのだけれど、それでも食べないと妖夢は不審に思うだろう。
「それじゃ、紫、また会いましょう」
「あ、ちょっと待ってくれる?」
行こうとした私を紫が引き留めた。
何事かと思ってみると、紫は額に手をあてて、何か考えている様子。
「何?忘れ物でもしたかしら?」
「そうじゃないわ。ただ、一応言っておこうか、と思ってね」
紫は、そこで急にかしこまって直る。
何のことか、と私が訝しく思っていると、
「私は、今、とても幸せよ? 藍も橙も大切な家族でいてくれている。あの住処を私の家だと胸を張って言えるようになった」
「それ、どういうこと?」
「お礼の言葉、よ。今日、せっかくあなたが訪ねてきてくれたことだしね」
「お礼って何の? もう何がなにやらわからないわよ?」
「でしょうね」
紫は私の疑問など無視したまま、ひとり嬉しそうにおかしそうにくすくすと笑った。




「ただいま、と」
白玉楼に帰ると、何やら庭のほうがとても騒がしかった。
「……? 何やってるのかしら……妖夢ー?」
「あ、お帰りなさいませ、幽々子様」
私が呼ぶと、すぐに妖夢は廊下を小走りにやってきた。
その表情はなにやら嬉しさ、楽しさを隠しきれない、といった模様。
もともと妖夢は分かりやすい子だから、隠し事なんてできないのよね。
「何やっているの? 庭のほうが騒がしいようだけど?」
「ええ、来てもらえれば分かりますよ。さあ、早く来て下さい!」
「え、ちょっと、え、妖夢?」
妖夢は有無を言わさず私の手を引いていく。
その妖夢の妙なテンションに戸惑いつつも、私は妖夢におとなしくついて行った。


庭につくと、見覚えのある面々が敷物を敷いて座っていた。
「えっと……これは、どういうこと?」
私は庭を見渡しながら、妖夢に問いかける。
庭は巫女やら魔法使いやらメイドやら吸血鬼やらで騒がしく、宴会の様相を呈していた。
今日は宴会をするような理由も何もなかったし、そもそも白玉楼でやるのなら私があらかじめ知らないわけがない。
しかし、妖夢は私の問いかけに答える様子はない。
「皆さん!幽々子様が来ましたよ!」
妖夢が大声で言うと、騒がしかった一同が皆静まり返り、私を見る。
え、何、これ?と私一人だけが状況をつかめていない。
「幽々子様、今日が何の日だか覚えていらっしゃいますか?」
「今日? 何か特別な日だったっけ?」
「ふふふ……さあ、皆さん、行きますよー!  せーの!」

『西行寺幽々子、誕生日おめでとう!!!』

「え……」
呆気にとられた私を、皆が楽しそうに笑い、注目している。
「幽々子様の誕生日が今日だと、以前紫様から教えていただきました。そこで、今日はこっそり準備して幽々子様を驚かせようと思いまして」
いたずらが成功した子供のように、妖夢は楽しそうに笑っている。
妖夢だけではない。巫女も、魔法使いも、この場にいる皆、全員が。
「さ、幽々子様は今日の宴会の主賓なのですから、どうぞ座って」
「そういうこと。お酒ならいくらか持ってきてあるから、どんどん飲みなさい」
「そうそう。それに、このキノコ私が持ってきたんだが結構いけるぜ?」
皆が、私の酒や料理を勧めてくる。
「妖夢、いつからこんなことを計画していたの?」
「1週間ほど前からですよ。本当だったら神社を借りてやろうかとも思いましたが、今日せっかく幽々子様がお出かけになっていたので、せっかくだからここで、と」
妖夢が、嬉しそうに、自慢げに、語ってくれる。
宴は始まり、皆それぞれ騒ぎ始めている。
騒霊楽団が演奏をはじめ、夜雀が歌いだしたり、鬼と天狗が飲み比べをしたり。
ここにいる皆、私の誕生日を祝おうとやってきたのだろうか。
「なにしんみりしちゃってるのよ。さ、飲みなさい」
「そうそう、主賓とは言え最後にやってきたんだから駆けつけ3杯だぜ」
私にどんどん酒を注ごうとする巫女と魔法使い。
そう。これは宴会だったか。
それなら、心の底から楽しまなければ損ではないか。
「それでは、私幽々子。皆さんに感謝を込めて、一発芸、大鍋一気食い!」
「おおー!やんややんや」
今は、全て忘れて宴を楽しんでしまおう。
私は今、目の前にある料理と酒を楽しむことにした。




「紫、こんなところにいたの?」
「幽々子。主賓がこんなところにきていいの?」
「いいのよ。もうみんな好き勝手に騒いでいるんだから」
「そう……ま、あなたがいいならいいんでしょうね」
宴も佳境。
紫は皆の所から少し離れた桜の木の下で一人たたずんでいた。
「どう? 幽々子。楽しい?」
「ええ、折角の宴だもの。楽しまないと損でしょう?」
「それで、満足?」
「……? ええ、満足だけど?」
紫の質問の真意を測りかね、私は曖昧に頷いておくに留めた。
そう、と紫も頷き返す。
「紫は、今日は参加しないの? 珍しいわね」
「ん、ううん。とりあえず様子を見てたけど……私も参加させてもらおうかしら」
「そう、それじゃ、向こうに行きましょ。まだ今日は食べ足りないのよ」
私は紫の手を取り、引く。
紫は、私におとなしくついてきた。
「紫」
「何?」
「あなた、今日、幸せだって言ったわよね?」
「ええ、それで?」
「それの答え。私も、幸せよ」
「……」
「かわいらしくて頼もしい家族のような子がいて、誕生日を祝ってくれるような友がいる。私は、幸せ」
「……思い出したの?」
「思い出した? ううん。別に。なにかあったの?」
「……ううん。いいのよ。それで」
私は、紫の手をしっかりと握りしめる。
握り返す紫の手からは、かすかな温かさが伝わってきた。


『ねぇ、幽々子』
『何? 紫。そんなに改まって』
『私ね、ときどき思うのよ。自分の心はもしかすると空っぽなんじゃないかって』
『どういうこと?』
『長い間生き過ぎて、生死の区別すら曖昧になった。体の感覚が全くなくなってしまったような感じなの』
『それで、言うならば心に穴があいてしまったような気がする、のね?』
『そういうこと。時々、怖くなるの。このまま生きていたら自分はどうなってしまうんだろう。もし心がこのまま擦り切れてなくなってしまったらどうしようって』
『そう……でも、そんなの簡単よ』
『簡単?』
『あなたの心に穴があいてしまったのなら、私がそれを埋めてあげるわ。紫』
『幽々子……』
『私だけじゃない、いつかきっと紫にも家族と思える人ができる。家と呼べる場所ができる。その幸せで、紫の心の穴なんて簡単に埋めてしまえるでしょう?』
『……ありがとう』
『ふふふ、お礼を言うのはまだ気が早いわ』
『それじゃあ』
『いつか、紫が幸せだと思えたとき。心の穴を埋められたと思えたとき、その時に、私に行って頂戴。幸せだって。それが何よりのお礼』
『うん。それじゃ、幽々子……』


「これで、恩返しができたのかしら……?」
「紫?」
「ふふふ、なんでもないの。ただ、ちょっと昔を思い出していただけ」


「あとがき」と書いて「作者の無駄口」と読みます


これが私、久遠悠の初投稿作品になります。
と、いうかこれ書いてる6月7日現在で唯一の投稿作品ですけどね。
……これ書いたの、一か月前だぞ……? 他の作品もあがるだろ、普通……

この作品は東方SSコンペに投稿したものです。
まあ、ごく普通の、ありきたりな評価をいただきました。
仕方ありませんね、この作品、見るところないし。作者が言うのもどうかとは思いますが。
薔薇の花園に咲く、一本のジャガイモ。それが私。

この作品について、作者が語れるのは一つだけです。
この作品の96パーセントは作者のゆゆさま&ゆかりんへの愛で構成されています。
残り4パーセント?消費税とか濃硫酸でいいんじゃね?(適当にも程があるだろ)

このSSを読んでくれた皆様に、お礼申し上げます。今、モニタの前で平伏しました。
あ、見限らないで。次はもっと面白い作品書くから。本当だから。