「お姉さまばっかり専属メイドがいてずるいわ! 私も咲夜みたいな専属メイドが欲しい!」
「フラン、一つ教えてあげるわ。専属メイドっていうのは玩具じゃないのよ?」
「そんなの分かってるわよ。壊れない程度に遊べばいいんでしょ? 大体お姉さまだっていつも咲夜で遊んでるじゃない」
「それは遊ぶの意味が違うわ。それに私のは咲夜への愛情表現の一種なの。咲夜の困った表情を見るのが好きなの」
「……お嬢様、本人の目の前で言うことじゃありませんよ」
「まあ、それはともかく。フランの力に耐えられるメイドなんていないのよ。あ、美鈴なら十分な丈夫さ持ってると思うけど」
「門番なんていやよ。私は、私に付きっきりで居てくれるメイドが欲しいの」
「しょうがないわね。咲夜、これから一週間、フランに付いてあげて。あなたなら何かあっても大丈夫でしょ」
「構いませんけど、お嬢様のお世話はどうします?」
「適当な部下に任せなさい。とりあえずフランは力を使わないように。それができたら専属メイドも考えてあげるわ」
「分かったわ、お姉さま。約束よ」
そんなこんなでフランドールと咲夜の主従週間が始まったのである。
フランと咲夜の主従週間
一日目
「朝ですよ、フランドール様。起きてください」
朝。咲夜は部屋のカーテンを開けながらフランドールに声をかける。しかしフランドールが起きる様子はない。
「フランドール様、朝ですよ」
今度はベッドに近づき、フランドールの身体をゆすりながら声をかける。
「うーん、さくやおはよー」
「はい、おはようございます、フランドール様。まずは顔を洗いましょうね。それから髪を整えましょう」
「はーい」
「では、フランドール様。ここに座ってください」
フランドールが椅子に座ると、咲夜はその髪を梳かし始めた。
「えへへ、なんか人に髪梳かしてもらうのって気持ちいいね」
「そうなんですか? 私は自分でやるので分かりませんが、お嬢様も同じ事を言ってましたね」
「じゃあ、今度私がやってあげるー」
「ふふ、ありがとうございます」
そんな会話を交わしながら、咲夜は優しい手つきで、フランドールの髪を丁寧に梳かしていく。
そんな中で咲夜はふと思い立った事を聞いてみた。
「そう言えば、フランドール様もお嬢様も髪が短いですよね。伸ばしたりはしないんですか?」
「考えたことないなぁ。咲夜は髪長い方が好きなの?」
「いえ。私の場合、長いと仕事の邪魔になったりもしますし、短い方がいいですね」
そう答える咲夜に、フランドールは苦笑で返す。
「そう言う事聞いてるんじゃないのに。聞き方を変えるわ。髪が長いのと短いの、どっちの方がいじってて楽しい?」
「そうですね。やはり短いよりは、長い方が手入れのしがいはあると思います」
「咲夜がそう言うなら、髪伸ばしてみようかな。……ん?」
フランドールが唐突に扉の方を向く。
「どうしました?」
「何かの気配がしたような気がしたんだけど……気のせいかしらね」
「そうですか? 私は気付きませんでしたが……はい、髪の手入れは終わりましたよ」
「ありがと、咲夜」
「それでは朝食にしましょうか」
「うん!」
そうして朝の穏やかな時間は過ぎていった。
二日目
「ねえ、咲夜。私ちょっと気に入らないことがあるの」
穏やかな午前、唐突にフランドールが切り出した。
「何が気に入らないんですか、フランドール様?」
「それよ。そう呼ばれるのが気に入らないのよ。フランドールなんて長くて呼びづらいでしょ? だからフランって呼びなさい」
「では、フラン様と?」
「うん、それでいいわ。そう呼ばせるの、お姉さま以外は咲夜だけなんだから。感謝しなさいよ」
満面の笑みを浮かべるフランドールに、咲夜も微笑を返す。
「ふふ、ありがとうございます。ではお礼にお茶とケーキを用意しましょうか」
「ほんと!? ありがと咲夜!」
「それじゃ、少し待っていてくださいね」
先ほど以上の笑顔になるフランドールに苦笑しながら、咲夜はお茶の準備に向かった。
「いかがですか?」
「うん、とってもおいしいよ! そうだ、咲夜も一緒に食べよ?」
とは言ってもケーキはフランドールの前に置かれている一つだけである。咲夜は疑問に思いながらも、促されるままフランドールの前に座った。
そこへフランドールは小さく切り分けたケーキを突き出してきた。
「はい、あ〜ん」
「フ、フラン様!?」
「メイドを労わるのも主の役目でしょ? これはご褒美よ。だから、あ〜ん」
咲夜は観念し、恥ずかしそうに口を開けた。
「おいしい?」
顔を赤くしながら頷くと、今度はケーキ自体を咲夜の前に出して
「じゃ、次は咲夜の番ね。はい、あ〜ん」
と、口を開けてきた。
「あ、あの、フラン様?」
「主に奉仕するのがメイドの役目でしょ? だから、あ〜ん」
フランドールは口を開けて待っている。咲夜はまたも観念し、先ほど以上に恥ずかしそうに
「あ、あ〜ん」
「うん、おいしい。でも……」
「何か至らないところがありましたか?」
「違くて、ただ、こうしていると主とメイドっていうより、恋人同士って感じみたいだなって」
その時、フランドールには部屋の温度が急に下がった気がした。だが咲夜は気付かないようで
「こ、恋人同士って、何てこと言うんですかフラン様!?」
「咲夜は、私のこと嫌い?」
「そういうわけじゃありませんけど、ただ……」
私にはお嬢様がいますし、と咲夜が聞こえないぐらいの声で呟いた瞬間、フランドールが感じていた寒気はなくなった。
「咲夜ったら妬けちゃうくらいお姉さま一筋ね〜」
からかわれた咲夜が顔を赤くしつつ、お茶の時間は過ぎていった。
三日目
穏やかな日差しの午後。
「うーん、今日もいい天気ねー。よし、咲夜、散歩に行くわよ」
「はい、お供します。日傘を持ってきますので少し待っていてください」
散歩すると言って外に出てきたフランドールは、日傘を持ちながらはしゃぎ回っている。
「フラン様、あまり動くと日光に当たってしまいますよ」
「少しくらい当たっても平気よ。でも、そうね。少し疲れたから横になろうかしら」
そう言いながら木陰に歩いていき、咲夜を手招きする。
「じゃ、咲夜はここに座って」
咲夜が言われた通りに座り木に寄りかかると、フランドールが膝に頭を乗せてきた。
つまりは膝枕である。
「咲夜の太もも柔らかいねー」
「そうですか? 割と筋肉ついてると思うんですけど」
咲夜はフランドールの頭を撫でながら答える。
「それでも柔らかいからいいの。ふぁ〜」
「お眠りになって構いませんよ。私はここに居ますから」
「うん、じゃあ、少し眠るね。足痛くなったら起こしていいからね」
「はい、おやすみなさいませ」
そのまま頭を撫でていると、すーすーとフランドールの寝息が聞こえてきた。それでも咲夜はしばらく頭を撫で続けた。
しばらくそうしていると、小さな足音が聞こえてきた。眠っているフランドールを起こさないための配慮だろう。それでも完全に足音を消さないのは咲夜を驚かせないためか。
「楽しそうね、あなたもフランも」
「お嬢様」
「ああ、そのままでいいわよ。フランが起きちゃうわ」
言いながら咲夜の隣に腰を下ろし、フランドールに目を向ける。
「まったくこの子は。そこは私の特等席なのに。まぁ、今回ぐらいはいいわ。でも咲夜、これ以上はダメよ?」
「これ以上って……何を言ってるんですか、お嬢様」
「冗談よ。咲夜はそんなことするわけないものね、フランはともかく」
それはつまりフランドールは「これ以上」をする可能性があると言っているわけで。咲夜はフラン様が何をするのだろうと思っていると、レミリアが咲夜の隣に座ってきた。
「さて、私も少し休ませてもらうわ。膝は取られてるから、私は肩を借りるわよ?」
「はい、ごゆっくりお休みください、お嬢様」
咲夜が微笑みながら応えると、レミリアは咲夜に身体を預け眠り始めた。
膝の上と、肩には愛しい主たち。日差しは温かで、風に吹かれた木の葉が時折さらさらと音を立てる。
咲夜は時間を操ったわけでもなく、ゆっくりした時間が流れていくのを感じていた。
どれくらいそうしていたのか。
レミリアは目を覚ますと、フランが起きる前にと屋敷の中へ戻っていった。
それからしばらくしてフランドールも目を覚ました。
「ふぁ〜、おはよ〜さくや〜」
「おはようございます、フラン様。と言ってもまだ眠そうですね。丁度お茶の時間ですし、紅茶を入れましょうか」
「うん、おねがい〜」
まだ眠そうなフランドールの手を引きながら、咲夜も屋敷の中へ戻っていった。
四日目
吸血鬼を主に持つ紅魔館とは言え、住民の大半が眠りに付く深夜。
咲夜も例に漏れず眠っていたのだが、何かの気配を感じ目を覚ました。
「フラン様……?」
「あ、ごめん咲夜。起こしちゃった?」
「いえ、構いませんけど。どうしたんですか、こんな夜中に」
「え、えっと……」
咲夜は問いかけてみるが、フランドールは口ごもるばかり。どうしたのだろうと思っていると、不意にフランドールが布団の端を握っているのが目に入った。
「もしかして怖い夢でも見たんですか? で、布団に潜り込もうとしてたんですね」
「そ、そう! 怖い夢見ちゃったの! だから咲夜に一緒に寝て欲しいなって!」
「ふふ、仕方ないご主人様ですね。さぁ、どうぞ」
と、ベッドの端に寄り、布団をめくる。
ちなみに咲夜には吸血鬼が夢なんて怖がるのか、なんて思考はない。あったとしても、甘えてくる小さな主(仮)を拒むなんてことがあるはずも無いが。
「えへへ、お邪魔するね」
「はい、安心してお休みください」
フランドールは嬉しそうに布団に入り、咲夜に抱きつくようにして眠る。そして咲夜もフランドールを包むように抱いて眠りに就いた。
が、しかし、それを許さない者がいた。
「フランドーーールッ!!!」
そう叫びながら、部屋のドアをぶち破ってきたのは言うまでもなくレミリアである。
「私は言ったわよね? これ以上は許さないって。なのにこれはどういうこと!?」
「お、お嬢様落ち着いてください。これはフラン様が怖い夢を見たからで。それにあの時フラン様は眠ってたんですよ?」
「フランは寝たふりしてただけよ。私が殺気送りながら近づいてったんだから、起きないわけ無いわ」
「私と咲夜がいちゃいちゃしてる時に感じてた視線と殺気は、やっぱりお姉さまだったのね」
「そんなことしてたんですか、お嬢様……」
「あなたに何かあった時のために監視してただけよ。とにかくフランは咲夜にべったりしすぎよ! 専属メイドでも何でも用意してあげるから、咲夜から離れなさい!」
「私やっぱり専属メイドなんていらなーい。咲夜がいればそれでいーや」
その台詞にレミリアはとうとう限界を超えたのか。
「ふふふ、いい度胸ね。また500年ぐらい眠りたいのかしら」
「あはは、お姉さまこそ私とやる気? 手加減なんてしないわよ」
「お、お二人とも落ち着いて、」
二人を止めようとする咲夜だが、
「咲夜は黙ってて」「咲夜は黙ってなさい」
「で、ですがお二人に怪我でもあったら、私は……」
そこで咲夜が本当に悲しそうな顔をすると
「……フラン」
「……ええ、お姉さま」
姉妹揃って何か思うところがあったのか、頷きあい
「大丈夫よ、咲夜。これはただの姉妹喧嘩」
「怪我なんてしないし、しても大したものじゃないわ」
「本当ですか? 約束ですよ?」
「本当よ。咲夜との約束を破るわけないじゃない」
「そうよ。咲夜との約束破って、嫌われたりなんかしたくないし」
「……わかりました」
「じゃ、咲夜の許可も得たことだし」
「ええ。行くわよ、お姉さま!」
「来なさい、フラン!」
そうして壮絶な姉妹喧嘩が始まった。しかしレミリアもフランドールも、咲夜と約束した以上、互いに大怪我を負わせはしないだろう。
咲夜としては一安心というところである。
だが、これから先、さらなる受難が咲夜を待っていようとは、予想できるはずも無かった。
<続く……といいな>
フランのサイドテール?は短いということで。
とりあえず咲夜総受け?みたいなの目指したい