日差しの穏やかなある日の午後。

 外壁を赤で染め抜かれた紅魔館。

 その当主であるレミリア=スカーレットは自室で雑誌を読みながら、メイド長の十六夜 咲夜が入れた紅茶を楽しんでいた。

 部屋に響くのはレミリアが紅茶を飲む音と、雑誌のページをめくる音だけ。

 レミリアと咲夜の間に会話こそないが、ゆったりとした時間が流れていた。

 そのまま時間が過ぎていくと思われたその時、いきなりレミリアがそれまで読んでいた雑誌を閉じ、口を開いた。


 「咲夜には慎みが足りないと思うのよ」



もっと慎ましやかに



 「はぁ、慎みですか」

 レミリアのいきなりの言葉に生返事になる咲夜。だがそんなことには構わずレミリアは続ける。

 「そう、慎みよ。いくらドロワーズを履いてるとはいえ、そのスカートは短すぎるわ」

 「そう言われましても、このメイド服はお嬢様が決めたものじゃないですか……」

 レミリア自身が決めておきながら、慎みが足りないとはどういうわけか、と咲夜は反論する。

 だが対するレミリアはあっさりと頷き、

 「そう言えばそうね。私が決めたのだから、私が変えても何の問題もないのね。というわけで咲夜は明日から一週間ぐらいコレを着て生活しなさい」

 と、どこからともなく裾の長いメイド服を取り出した。

 咲夜は疲れたような呆れたようなため息をついて、そのメイド服を受け取った。

 「服装だけじゃなく、呼び方も変えるわ。咲夜、私のことはご主人様と呼びなさい」

 一体お嬢様、もといご主人様は何がしたいんだろう、と咲夜は思ったところでレミリアの持っている雑誌の表紙が目に入った。

 メイド喫茶特集。お帰りなさいませ、ご主人様。などという言葉とともに落ち着いた感じのメイドが優しい微笑みを浮かべている。

 おそらくは外の世界のものだろう。咲夜はメイド喫茶というものがいまいち分からなかったが、外の世界では特集が組まれるほどそれが流行っていることは分かった。そしてレミリアが自分にその真似をさせたいのだろうということも。

 「つまりその雑誌みたいなことをすればいいわけですね? 他に何かすべきことは?」

 「そうね、後は帰ってきたときにコレみたいに出迎えてくれたらいいわ」

 つまり優しく微笑みながら、お帰りなさいませ、と言って出迎えればいいのだろうか。優しくというのが難しそうではあるが、先日、閻魔様に、人に優しくしなさい、と言われたし丁度いい機会なのかもしれない。

 「分かりました。努力してみます」

 そう言って、咲夜はもう一度ため息をついた。




 そして翌日。

 レミリアが散歩に出かけている間に、咲夜はレミリアの部屋の掃除をしていた。いつもなら付き人兼護衛としてついて行くのだが、それだと帰ってきたときに出迎えができないので渋々諦めたわけである。

 レミリアと散歩できないからといって、他の仕事を怠るわけにもいかず掃除をしているうち、咲夜は昨日レミリアが持っていた雑誌を発見した。いつもならそのまま片付けるところだが、昨日のこともある。なんとなく中身が気になり覗いてみることにした。

 へぇ、いろんなメイド服があるのね。これなんかあんまり動きやすそうじゃないわね。それにしても何で喫茶店なのかしら。

 あら、こんなのもあるのね。何の意味があるのかしら。ん?このページ、角が折ってある。ということはお嬢様はこういうのが好きなのかしら?じゃあ、私もこれみたいにすべき?いや、でもこれは私に似合わないような。けどお嬢様が喜んでくれるなら……

 心の中で悩む咲夜。掃除が途中で止まってることはもはや頭の外にあるようだ。

 それからしばらくしてようやく我に返った咲夜は掃除を再開するのだった。



 一方レミリアは一人で散歩していた。護衛などはいない。そもそも咲夜よりレミリアの方が強いのだ。それでもいつも咲夜がついてくるのは二人で散歩を楽しむためだ。もちろんレミリアの手を煩わせないためというのもあるが。

 咲夜がいない散歩なんて久しぶり、というか二人で散歩するようになってから初めてかしら。やっぱり一人だと少し寂しいわね。でも咲夜に出迎えてもらうためよ、我慢しなきゃ。

 そんなことを思いながら一人散歩をするレミリア。咲夜の出迎えがよほど楽しみなようだ。

 それにいつかこういう時が来る。私たちに比べ、人間はほんの少しの時間しか生きられない。その時が来たら今楽しみにしている出迎えもなくなり、本当に一人になるだろう。確かに咲夜をずっと傍に置いておく方法はある。だが咲夜がそれを受け入れるかは分からない。そうなったら私は……

 「っと、やめやめ。そんなこと今考えてもしょうがないし。一人でいるからこんなこと考えるのよね。そろそろ戻ることにしようかしら」

 頭によぎったイメージを振り払うように声を出す。そして出迎えが楽しみなこともあり、早く帰ろうと館に向かって歩き出した。




 館の入り口が近づくにつれ、期待を膨らませるレミリア。

 出掛けにもあのメイド服姿は見たし、いってらっしゃいませご主人様、という言葉も聞いた。

 さらになれない服や呼び方が恥ずかしかったのか、顔を赤く染めていたのだ。あの咲夜が。正直鼻血が出そうだった。すんでのところで大丈夫だったが。

 それに昨日、あの雑誌のように出迎えろと言っておいた。あのような微笑みで咲夜が出迎えてくれたら今度こそ鼻血がでるかもしれない。

 そんなことを考えていたらいつの間にか玄関についていた。

 「ただいまー」

 いつもは咲夜が開ける扉を自分で開け中に入る。そして、

 「お帰りなさいませ、ご主人様」

 いつもと違う、裾の長い落ち着いた感じのメイド服を着た咲夜が、頬を赤く染め、優しく微笑みながら、レミリアを出迎えた。

 だがそれだけではない。彼女の頭の上にはヘッドドレスとは別にもう一つ、いや、二つの飾りがあった。

 耳である。毛がふさふさとした獣の耳である。ぶっちゃければネコミミである。

 「咲夜、それは……?」

 レミリアは吹き出そうになる鼻血を必死にこらえながら問いかける。

 咲夜はさらに顔を赤くしながら、

 「あの雑誌に載っていたのを真似してみたですが……おかしいですか?」

 おかしくない、おかしくないわ、むしろグッジョブよ咲夜。後で咲夜にやってもらおうとページ折っといたんだもの。けどここまで破壊力があるとは思わなかったわ。

 さらには恥ずかしさから潤む瞳や、自信なさげに小首を傾げる様子のなんと可愛らしいことか。

 レミリアはとうとう我慢できず、鼻血を噴き出しながら倒れた。大丈夫ですかご主人様!という叫びを聞きながら。




 「う〜ん」

 レミリアが意識を取り戻してはじめに感じたのは顔の横にある、柔らかく暖かいものだった。どうやら自分は横向きに寝ているらしい。

 目を開けてみるとメイド服の腹にあたる部分が見える。

 「目が覚めましたか、ご主人様?」

 聞こえてきた声に反応して仰向けになると、今度は咲夜の顔が飛び込んできた。横から覗き込むような形で。

 「大丈夫ですか? 鼻血を出して倒れたんですよ」

 まだ少し頭がぼーっとするがだんだん思い出してきた。咲夜のネコミミ姿がかわいすぎて鼻血を噴いてしまったのだ。

 「吸血鬼が鼻血で気絶なんて……情けないわね」

 そんな独り言をもらしながら頭をすっきりさせていく。と、そこで頭の後ろにある柔らかく暖かいものの正体に気づいた。

 「ところで咲夜はなんで膝枕してるのかしら?」

 「はい、ご主人様が倒れた後、鼻血が止まらなかったので移動させず、その場で横向きに寝かせました。そのままでは寝づらいだろうと思ってこうしました。いやでしたか?」

 「いや、だいぶ楽になったわ。ありがとう」

 そのまま膝枕を楽しみながら、何の気なく咲夜の顔に手を伸ばし頬を撫でるレミリア。

 そんな主のされるがままになりつつ、咲夜は口を開いた。

 「そう言えばどうして、いきなり鼻血なんて出たんです? 外で何かありましたか?」

 自分の可愛さに気付いてないだろう。気付いていたらいたでいやなものだが、そんな咲夜に、レミリアはちょっとした意地悪をしてみることにした。

 「咲夜が可愛すぎるのはいけないのよ。おかげで血が足りなくなっちゃったじゃない。代わりにあなたの血を貰おうかしら」

 そう言って体を起こし、咲夜の顔に腕を回しながら首筋に顔を近づけていくレミリア。

 咲夜のいい匂いが鼻腔をくすぐる。唇を首につけ、舌でなめてみると咲夜の味がした。

 「お嬢……様?」

 混乱のあまり普段の呼び方に戻っている咲夜。

 このまま本当に血を吸って、自分の傍にずっと置いておきたい。そんな誘惑を振り払いながらレミリアは咲夜を開放した。

 「なーんて、冗談よ」

 そう言っても咲夜はまだ動かない。しょうがないのでレミリアは唇を、今度は首ではなく口に付けてみた。

 「お、お嬢様!?」

 「呼び方、戻ってるわよ」

 「あ、はい。ご主人様、今のは」

 律儀に呼び直す咲夜の言葉を遮るように口を開くレミリア。

 「ねぇ咲夜、私はあなたが好きよ。ずっと傍にいてほしいと思うわ。たとえ人でなくなっても」

 「……ご主人様、いえ、お嬢様。私もお嬢様が好きです。でも今はまだ人を捨てる覚悟はできません」

 「そう……今はそれでいいわ」

 人間は短い時間しか生きることはできない。だがそれは妖怪と比べたらの話だ。

 咲夜は若いのだからまだまだ生きる。ならこれから説得していけばいいのだ。あるいは自分から離れられないくらい、自分を好きにさせればいい。

 とりあえずそのために二人の時間をたくさん作ろう。

 「咲夜、明日からは一緒に散歩に行くわよ」

 「はい、ご主人様」




<了>









あとがき

ここまで読んでくださった皆さん、初めまして。二条と言います。
これが私の処女作となるわけですが、どうだったでしょうか?
とりあえず今回書きたかったものとしては
レミリア×咲夜、ロングスカートのメイド服着た咲夜さん、ネコミミの咲夜さん、鼻血を噴き出すレミリア
といったところです。
それがなんだかほのぼのと微妙にシリアスが混ざった、支離滅裂なものになってしまいました。題名もあまり関係なくなってるし
構想とかちゃんと練らないとダメですね。オチも何もあったもんじゃないし。
これからもっと精進したいですね。

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